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3月 14 3月14日

2026年2月 活動報告

衆議院選挙と一般質問…。怒涛の2月が終わったかと思ったら、3月に入った途端に議会は各常任委員会で次年度の予算審議が始まり、その後は予算委員会が始まりました。今年度、予算委員の自分に全く気を緩める暇がありません。あの歴史に残る衆議院選挙が、もうずいぶんと前の記憶になってしまった気がします。選挙後は本会議での一般質問を2月後半に控え、毎日のように県庁に通い質問調整の日々。もしかしたら人生で最も忙しかった?かもしれない2月の活動報告を始めます。

当たり前ですが、とにかく2月上旬は衆議院選挙一色。菅元総理の政界引退から始まった選挙戦は、1/23通常国会の冒頭解散から2/8の投開票までわずか16日間という戦後最短のスケジュールで実施されました。今考えれば、こんな短期間でよく選挙が出来たなと思います。菅さんの後継者に指名された秘書の新田君とはもちろん旧知の仲であり、将来は必ず菅さんの後を継ぐ男だと思ってはいましたが、まさかこんなに突然その時がやって来るとは…。官房長官秘書官、総理大臣秘書官を歴任した新田君の政治家としてのスキルや可能性はだれにも負けない、と確信はしていましたが、なんと言っても前任者はあまりにも有名で、あまりにも偉大です。知名度的には、ほぼゼロに近い新人候補者『にった章文』を国会に送るため、自分の選挙以上?に必死で戦いました。選挙初日の朝、我が地元の杉山神社で神事を行った際、小泉進次郎県連会長が「この選挙、一番最初に駆け付けるのは菅さんの選挙区と決めていた」と急遽神事に参加されたのには感動し、勇気をいただきました!しかしながら、神奈川2区(西区・南区・港南区)の中でも我が地元南区は他区と比べ、たまたまではありますが最も縁が薄かった新田候補。選挙序盤戦は知名度の低さを痛感し、かなり焦りました。「菅さん引退したのよね?後はだれがやるの?」「秘書のにった章文です!」「誰それ?知らないわ…」と、こんな会話を何度したことか…。正直に言えば、このころはかなりの危機感をもって選挙戦を戦っていたのが思い出されます。

    

とにかく『にった章文』の知名度を上げることを目標に、朝昼晩と駅頭や街頭に立ち、ありとあらゆる会合に顔を出し、「菅の後継者は、にった!」と声を出し続けました。遊説チームと相談して、後半戦は候補者をなるべく南区に多く入れるようお願いして、応援弁士として三原じゅん子、わき雅昭、両参議院議員にも数多く南区に入っていただきました。その甲斐あってか、選挙戦終盤は明らかに雰囲気が変わったことを実感しました。朝夕の駅頭で「にったさん、がんばって!」「にったさん、応援してます!」とお声がけ頂く機会が増え、中には駆け寄って握手を求める有権者も現れるほどです。これは、とにかく我が地元で大人気だった菅さんが後継者に指名した人物で、朗らかで実直な性格の新田候補のキャラクターが、地味にではありますが着実に有権者の皆さんに浸透していった結果です。選挙って面白いなぁ…と久しぶりに感じました。もちろん『高市旋風』の影響は少なからずあったと思います。でも、早朝から深夜まで一人でも多くの人と会い、訴え続けた新田君本人が一番がんばったことは、我々応援団の誰しもが感じていたのは間違いありません。そして結果はご存じの通り、選挙は想像以上の大勝利で幕を閉じました。全国的に見ても自民党の圧勝で、我が神奈川県連は全20選挙区で全て当選という歴史的勝利を収めました。来年4月に控えた我々の統一地方選挙に向け、はずみのつく結果ともなりましたが、浮かれることなく引き続き地域のために汗を流していきたいと思います。今回の選挙で、菅義偉という偉大な政治家は第一線から退かれましたが、新田章文という将来有望な政治家が誕生した瞬間に立ち会えたことは自分にとっての財産でもあります。これからの『にった章文』に注目し、期待てください!

      

選挙が終われば、2/26に登壇予定の本会議一般質問に向け全集中。自分は毎年2月定例会が一般質問の担当なのですが、前年度は9月に代表質問を担当したため一般質問は一回休みとなり、今回は2年振りの一般質問となりました。これまでは6~7項目の質問を行っていたのですが、今回は地元ネタや陳情ネタなど、ちょっと欲張って8項目の質問を行いました。こちらの内容は、また改めてご報告させていただく予定です。そんな中、2/25は「ピンクシャツDAY」。今年も『いじめ撲滅』を目指し、全ての議員がピンクの物を身に着け本会議に臨みました。毎年「ピンク似合いますね」と言われ、喜んでいいのかわからずリアクションに困っています…。

自分史上最も多忙だった?2月ではありましたが、地域のイベントや会合・一部残っている新年会などは、時間の許す限り出席しました。2/3は恒例の日枝神社・弘明寺観音の節分祭、自衛隊の横浜地区入隊・入校予定者激励会、県の神輿保存会の大規模な新年会から地域の小さな会合の新年会まで、時間がない中でそれなりに多種多様な地域活動に参加できたと思います。今年の特徴としては、2/8までは新田候補、2/9からは新田衆議院議員がもれなく参加していたところでしょう。自分が所用で行けなかった地域のもちつき大会にも新田議員は顔を出されたそうで、若い頃の菅さん譲りのフットワークの良さに、こちらは早速プレッシャーをかけられています(笑)。

     

3月も中旬を迎えました。このブログをアップした翌週は、予算委員会で質問に立っている予定です。更にその翌週には、年に1度の一大イベント「新堀ふみあき・春の集い」が開催予定です。なかなかゆっくりできませんが、これが議員の宿命なんでしょう。WBCくらいはゆっくり見たいものですが…(涙)。また来月、よろしくお願いいたします。

2月 14 2月14日

2026年1月 活動報告

1月中旬以降、あまりに急激に様々な出来事が起こり、活動ブログの更新を忘れていました!すっかりご無沙汰してしまった感じではありますが、よく考えてみれば通常の更新のタイミングとそれほど変わってないな、と少し安心?しております。とは言え、このブログを更新している今日はバレンタインデー。ぐずぐずせずに、早速「活動報告」を始めます。ちなみにチョコレートは、義理が2個と妻から1個の計3個でした(妻からのチョコも義理か…)。

2026年の正月は、目立った災害や事故の報道もなく、天候にも恵まれ近年に比べ穏やかな年明けだったと記憶しています。「記憶しています」と表現するほど昔のような感覚なのですが…。1月と言えば県議会は休みで、地域や企業団体の新年会・賀詞交歓会に出席するのがメインの活動となります。今年も50件を超える会合や式典にお招きいただき、例年のように新年のご挨拶をさせていただく毎日でした、1/17までは…。

   

 

    

確かに1月の中旬までは例年通り日々が続いていましたが、この間メディアの報道では連日のように高市総理が、いつ『伝家の宝刀』を抜いて解散総選挙を実施するのか?といった話題が持ち切りで、なんだか落ち着かない日々が続きます。私も地方議員とは言え自民党員の端くれですから、行く先々で「解散はいつ?」と聞かれることが多く、そのたびに「高市総理は新年度予算を可決してから解散するでしょうから、おそらく4月以降でしょうね」とガチで答えていました。しかし、日が経つにつれ早期解散の流れが現実味を帯びて行き、事態は同僚議員たちとの間でも「こりゃ、通常国会の冒頭解散あるな…」とささやき合うような状態になっていきます。そして忘れもしない1/15の夜8時過ぎ、スマホに一本の電話がかかってきました。ディスプレイには『菅義偉』と表示されています。慌てて出ると菅さんが絞り出すような声で「菅です。23日に解散になります。」続けて「今回の選挙に私は出馬しません。後継は秘書の新田に決めました。どうか支えてやってください。」といった簡潔な言葉でお話を伺いました。頭が真っ白になり、「残念です」「新田君を全力で支えます」と答えるのが精一杯だったと記憶しています。。

そこから嵐のような毎日がスタートしました。翌日には神奈川2区の県市会議員が集合して今後の対応を検討し、1/17の朝に菅さんの引退会見をセッティングすることで調整します。更に、自分が支部長を務める自民党南区連合支部も早急に役員会を開き、菅さんの後継者を承認してもらう必要があります。衆議院は1/23解散、衆院選は1/27公示、2/8投開票という類を見ない短期決戦が既成事実となったからには、もはや一刻の猶予もありません。結局17日は、朝8時から菅さんの引退報告会及び記者会見、その後9時30分から支部の役員会というハードスケジュールになりました。そして迎えた1/17の早朝、我が地元南区の会見場周辺は、過去に見たこともない人数のマスコミと警察官で埋め尽くされました。ピリピリとした緊張感の中、夫人とともに会場に現れた菅さんは、近年見たこともないような穏やかな表情でした。「政治は新しい時代を迎えた。後進に道を譲るのは今だと決断するに至った。」「30年間で連続10回の当選、長年支援していただいた皆様には心から感謝している。」淡々と語る菅さんの一言一言が胸に染みます。こらえきれずに嗚咽する支援者の方も複数いらっしゃいました。そして最後に「後継者に指名した新田章文は、将来の日本を託すことが出来る人物だが全く知名度がない。だから今回の選挙は、菅の11回目の選挙だと思って戦って欲しい」。この一言で、会場に集まった支援者や地元議員の気持ちは完全に一つになりました。

目が回るような数日間でしたが、菅義偉という偉大な政治家の引き際に立ち会えたことは、何にも代えがたい経験として私の脳裏に刻まれました。菅先生、ありがとうございました!

 

さあ、ここから選挙モードに突入だ!と言いたいところではありますが、世間はまだどっぷり1月中旬です。普通に新年の行事がびっしりと詰まっています。選挙の準備をしながら、新年会はもちろん、消防の出初式や警察の武道始めなどの恒例行事に加え、昨年から弘明寺商店街の『ふるさと大使』に任命されたお笑い芸人の野田クリスタルさんのトークショーなどのイベントもあり、普段のミーハーな自分なら大盛り上がりしそうなところですが、滞在時間僅か10分で退出するなど、とにかく多忙を極めました。

     

そして1月も後半となり、いよいよ歴史に残る運命の衆議院選挙へと突入していきます。皆さんも結果は既にご存じかと思いますが、すごいことになりましたね!この選挙戦のご報告は、来月の活動ブログに細かく掲載したいと思います。ということで、1月の活動報告は以上になります。来月もよろしくお願いいたします。

1月 12 1月12日

2025年12月 活躍報告

新年あけましておめでとうございます。2026年がスタートしました。天候にも恵まれ、いつになく穏やかな正月だったのではないでしょうか。ただ個人的には、例年通り12/30と1/2の2日間だけが完全オフの慌ただしい年末年始ではありました。毎年、比較的余裕のある『松の内』の間に12月の活動ブログを更新するつもりでいますが、なかなかどうして思い通りにはいきません。結局10日過ぎてからの作業となってしまいました。でも、今年もがんばって投稿しますのでよろしくお願いします。

さて、2025年12月の出来事と言えば、なんと言っても県議会第3回定例会(後期)での大型補正予算案の可決です。国会が12/16に物価高騰対策を中心とした補正予算約18兆円を可決したことで、各都道府県の議会は忙しくなります。一刻も早く県民に補正予算の効果を実感してもらうために、県議会も年内に本会議で補正予算による地方交付金の使い方を審議し可決する必要があります。12/18は、元々付託されていた県の諸議案を一度可決し、その後国からの補正予算のためだけに、再度常任委員会を開催し審議した上で、本会議にて可決という流れになりました。とは言え、内容をじっくり議論している時間はありません。まずは大枠の内容と金額のみを可決し、予算執行に向けた細かな手法や時期などについては2月~3月の定例会で決定していくことになります。私が委員長を務める「産業労働常任委員会」では、今回の補正予算案約500億円のうち160億円の物価高騰対策についての議論がなされました。今回当局が提案してきたのは、コロナ禍で好評だった「かながわPay」のノウハウを生かした、新たなキャッシュレス決済によるポイント還元でした。消費者・事業者の双方にメリットがあるこの方式ですが、課題もあります。多くの県民に浸透し1~3弾まで実施した「かながわPay」のアプリはシステムも古く、既に使用不可能で最新のものに刷新する必要があります。決済会社も多岐にわたり、前回より枠を広げる必要があるでしょう。実施するには一定の時間が必要と考えられますが、あまり遅くなっては物価高騰対策の意義が薄れてしまいます。いかにスピード感をもって、新たなキャッシュレス決済によるポイント還元を実現させるか。今年度中にしっかりと議論して、県民の皆様に届けられるよう努力していきます。是非今後の動向に注目してください。

重要な審議が続いた県議会ではありましたが、会期中に議員向けの「ユニバーサルマナー研修会」が開催されました。ユニバーサルマナーとは、障害や高齢等の理由により外出先で困りごとを抱えている方に寄り添い、サポートするための知識・マナーのことです。主に鉄道会社や百貨店等の商業施設で必要とされる接客スキルですが、普及の先頭に立つ議員も当然知っておくべきであり、7年振りに議会内での開催となりました。前回は他の会合と重なり受講できなかったので、今回7年越しに受講することが叶いました。この研修では1時間半ほどの講義を受講し、最後に簡単な質疑応答をクリアすれば、ユニバーサルマナー検定3級の資格を得ることができます。『自分とは違う誰かのことを思いやり、適切な理解のもと、行動すること』。わかっているようで意外と理解していなかったことです。例えば、車いすを使用している人が必ずしも介助を求めている訳ではない等、当事者目線を理解していく上で大変参考になりました。研修後は無事に3級の資格もいただき(もちろん3級は『入門編』であり接客業のプロは2級や1級が必要となりますが)、これで堂々と古巣の鉄道会社や百貨店にユニバーサルマナーの資格取得を進めることができそうです。

   

さて話は変わって、我が「衆議院神奈川第2選挙区」の支部長といえば菅義偉元内閣総理大臣であることは、いまさら説明するまでもないと思います。高市政権となり党の要職も辞された今、菅さんが久しぶりに著書を出版されました。『官邸の決断』は、総理を退任されてから初の著書となります。官房長官時代の8年から総理大臣での1年まで、内閣の中枢として様々な出来事と政治的決断に至る過程が事細かに記されています。コロナ禍もふくめ、「あぁ、そうだったのか」と改めて思うところもあり、ご興味ある方は是非書店にてお求めください。そんな菅さんは副総裁の職も降り、おそらく時間に余裕が出来たのでしょう。12/4はまさに上記著書の出版記念を兼ねた「経済人の集い」、12/7は地元である横浜市南区支部の忘年会と、立て続けに2回地元に戻られ、ご本人自ら会合に出席されました。一部メディアから『健康不安説』も取りだたされていた菅さんですが、両日とも元気なお姿で支援者の方々と談笑されていました。解散風がちらほらと吹き始めた昨今、まだまだ我らが『親分』として、神奈川2区を引っ張って行ってもらいたいと思います。

 

 

また、私の仲人親でもある元参議院議員の斎藤文夫先生がご逝去されて1年が経ち、『斎藤学校』の門下生だった議員等と斎藤家による一周忌の食事会が、斎藤先生の地元川崎で催されました。95歳の誕生日を祝う会で「次は100歳の祝いで集合だ!」と元気よく号令をかけられていたのが昨日のように思い出されます。実は私も20代の時に1年だけ秘書を務めさせていただきました。わかりにくい表現ですが、本当に怖くて優しい方でした。当日は、斎藤夫人とご子息・お孫さんと教え子の議員共々、昔話に花が咲きました。衆議院議員の田中和徳先生をはじめ県会の同僚議員や各市町村議員が多く参加しているのを見ると、斎藤先生の功績の一つは「人」を残されたことだと思います。ヤクルト・阪神・楽天で監督をされた故・野村克也さんの教え子たちが、現在のプロ野球で監督・コーチを歴任していることに似ているなぁ、と感じました。私自身は、秘書歴たった1年の『腰掛門下生』ですが、これからも斎藤先生の教えを大切に生きていきたいと思います。

 

12月の地域活動は季節柄、後援会婦人部「たんぽぽの会」の恒例行事であるクリスマス会や、県立こども医療センターの患者家族のための宿泊施設「リラのいえ」のクリスマス会などのクリスマス関連や、日頃お世話になっている地元企業の忘年会にお声がけ頂く、と言ったところが中心ですが、大岡地区の音楽祭、顧問をしている少年野球「横浜南ボーイズカップ」の開会式や、昨年顧問になったばかりの神奈川青少年交響楽団の公演、夜警を前にした各地域の消防団の各分団長を一同に集めた激励会など多岐に及びました。

   

最後に、12/22に2年ぶりに開催した「新堀ふみあき君を囲むクリスマスパーティー」についてご報告ついでに、思っていることをつらつらと書こうと思います。代々新堀家にとってクリスマスパーティーは、政治資金パーティーであると同時に歴史ある行事です。父・豊彦の時代から叔父・典彦を経由して今に至るまで、『新堀』を支えてくださった応援団の地元企業の皆様が中心となって約50年続いています。コロナ禍で3年ほど開催を自粛していましたが、令和5年から復活していました。ところが令和6年、「キックバック」「裏金議員」など国会議員による政治と金の問題が報道され、政治資金パーティーそのものが「悪」とされる風潮が蔓延し、開催を断念せざるを得ませんでした。我々地方議員の資金パーティーは、問題視された派閥の資金パーティーとは本質的に違います。そもそも自分自身が地道に支援者のご自宅や地元企業に足を運んで、チケットの購入を依頼するので「キックバック」など存在しません。もちろん政治資金規正法に則り、収支はしっかり記載して選管に提出します。このように何も後ろめたい事はありませんが、当時の状況を鑑み開催を断念するに至りました。しかし、収入源の少ない地方議員にとって資金パーティーは実は重要なんです。こうした資金パーティーの収益や、自分が支部長を務める選挙区支部に対して個人献金・企業献金があるからこそ、事務所の家賃や事務員の給与を支払うことができます。ひいては4年に1度の統一地方選でのポスター・パンフレットの制作費等にも活用することが可能です。選挙を1年半後に控えた私自身、背に腹は代えられず?今年はクリスマスパーティーを復活させることといたしました。今回はものまね芸人のセニョール玉置さんとSHINOBUさんをゲストに招いて、歌あり笑いありの大盛り上がり。出席された皆様から「楽しかったよ!」「来年もやってね!」と声をかけていただき、今は開催して良かった…と思っています。チケットの収入以外にも、支援者の皆様と近い距離で触れ合える貴重な機会だと改めて認識することができました。お客様もスタッフも、みんな本当に良い笑顔でした。来年もやります!

        

近年、国会では資金パーティーや政治献金を廃止するような議論が行われていますが、これらが全て廃止となった場合、地方議員になれるのは豊富な資金力を持った一部の人間に限られ、地方議員のなり手不足はより一層加速すると思います。もし仮に、近い将来こうした活動資金の調達方法が禁止されたとしら、例えば地方自治法もセットで改正して、地方議員も国会議員と同じように公費で事務所用意してくれたり、事務所の人件費も出してくれないかな…と妄想は止まりません。ま、無理でしょうけどね。一番いいのは、今までのルールをみんながちゃんと守ることだと思っているのは私だけでしょうか?最後は新年早々愚痴っぽくなってしまいました…申し訳ございません!今年も元気に活動してまいります。本年もよろしくお願いいたします。

12月 14 12月14日

2025年11月 活動報告

早いもので、気が付けば2025年も残り半月ほどとなりました。本当にあっという間に1年が終わろうとしています。自分がまた1つ歳を重ねてしまうことと、今年1年間で自分はどんな実績を上げることができたのだろうか…という思いが去来し、近年の12月はどうも気持ちが焦るというかスッキリしません。若い頃はスキーシーズンの始まりやクリスマス関連などで、1年の間でも特にウキウキしていた季節だったのですが、年齢や立場の変化で季節感もだいぶイメージが変わりますね…。さて、還暦過ぎたオッサンの独り言はこれくらいにして、11月の活動報告を始めます。意外と盛沢山で、少々長くなりますがお付き合いください。

例年のことではありますが、11月は議会はほとんど行われません。令和7年第3回定例会(後期)のスタートも11/25ですから、この時期の県会議員は概ね視察や議連の活動、あるいは様々な団体主催の研修会・意見交換会や地元の各種イベントに積極的に参加します。

議連の関係では、恒例の「北朝鮮による全拉致被害者の即時一括帰国を国に求める国民大集会」に参加しました。高市内閣になって初めての集会でしたので、高市総理・木原官房長官をはじめ多くの国会議員が参加した中、個人的には初の『生・高市早苗』ということで少しミーハーな気持ち?もありつつの参加となりましたが、改めて高市早苗さんの人を惹きつける魅力と、言葉の力に圧倒されました。過去にこの集会では安倍さん・菅さん・岸田さん・石破さんと4人の総理大臣のスピーチを聞きましたが、「この問題を解決するために私は手段を選ばない!」と発言した高市さんのスピーチは迫力があり、会場はかつてないほどの拍手に包まれました。時にやや踏み込み過ぎた発言もあり、批判を浴びることもある高市総理ではありますが、現在の国際情勢において、日本のリーダーもこれくらい強いメッセージを発信すべきではないかと感じたのが正直な感想です。高市総理、これからも頑張って欲しいと思います。

また、隊友会横浜南支部の主催による研修会では、元陸上幕僚長の岩田清文氏を講師にお招きして『国際情勢の激変と我が国の防衛』と題した講演を拝聴しました。元陸自のトップから見たアメリカ・ロシア・中国を軸にした世界情勢について大変興味深いお話で、ここでは長くなるので説明はしませんが、ついつい引き込まれてしまいました。しかしながら、時節柄どうしても話題の中心は『台湾有事』になってしまいます。岩田氏は、「台湾有事は紛れもなく日本有事である。高市総理の国会答弁はこれまでの政府の見解を述べたに過ぎず、決して撤回すべきものではない。中国に対してはこれからも毅然と対応すべし。」とお話され、何か胸につかえていたものがすっと消えたような気持ちになりました。

その他、神奈川県学童保育連絡協議会さんとの意見交換会では導入が検討されているいわゆる『日本版DBS』の情報提供についての要望であったり、神奈川県宅地建物取引業協会さんとの懇談会では空き家問題における法的手続きの修正に関する要望であったり、様々な意見を直接伺うことにより新たな課題認識をすることがが出来ました。こうした様々な体験や知識を得て、また様々な現場の声を聞き、自信のスキルアップに繋がるとても有意義な時間を過ごせたとともに、課題解決に向けて引き続き努力していきたいと思います。

     

議会の開催日が少ない分、この時期は様々な式典やお祝い事に招待されることも多くなります。自衛隊神奈川地方協力本部の70周年式典・少林寺拳法の全国大会開会式・かながわ商工会まつりの開会式、かながわ武道祭2025開会式、あるいは先輩である長田進治議員の県議会議長就任祝賀会、さらには会社員時代からお世話になっている地元の重鎮の藍綬褒章受章祝賀会など、まだまだ書き切れないほどの多くの式典にお招きいただきました。特に印象に残っているのは、海老名で開催された「かながわ商工会まつり」でしょうか。産業労働常任委員会の委員長としてお招きいただいた訳ですが、商工会がない横浜の議員は国会議員を含め自分以外一人も参加していない状況で、県央・県西の先輩議員あまた出席する中、県議会を代表して祝辞を述べることとなり「誰、あいつ?」という声が聞こえてきそうなアウェイ感?を感じながら冷や汗のスピーチとなりました(汗)。地元から遠く離れた場所での公務が県会議員の醍醐味でもあるのですが、同時にいろいろと気も遣います…。というような具合で、議会が開催されていなくても議員はとても忙しいということをご理解いただけたでしょうか?

 

 

 

秋は地域のイベントも盛んに行われます。『スポーツの秋』ということで、三本珈琲(株)さんの社内運動会やお三の宮地区のスポーツ大会に参加したり(参加したのはラジオ体操までですが…)、『食欲の秋』ということで、本大岡地区収穫祭や白妙町のバーベキュー大会、六ッ川ふれあい祭り等に参加して、地域の方々と一緒に手作りの品々を食したりと大忙し(汗)。そうだ!『芸術の秋』も忘れちゃいけません。恒例の「郷土芸能の集い」に今年もお招きいただき、和太鼓の荘厳な響きを堪能しました。どれも良い息抜きになりました。

     

そんな多忙な11月ではありましたが、議連の視察で11/15~11/25に開催された「東京2025デフリンピック」の会場となった駒沢オリンピック公園総合運動場を訪れました。日本で初開催となったデフリンピック。残念ながら神奈川県内での競技の開催はありませんでしたが、手話言語普及促進議員連盟・ユニバーサルスポーツ推進議員連盟に所属する者として、事前の普及活動などに参加して機運醸成に努めてきた経緯から、大会二日目の17日に競技視察を行うこととなりました。平日の昼間にもかかわらず、会場は想像以上に多くの人で賑わっていました。神奈川県に所縁のある選手が出場する陸上の4×100mリレーは事前に席を押さえてあり全員で応援できましたが、同じ駒沢公園で行われていたバレーボールやハンドボールは会場が満席で観戦できず!少し残念ではありましたが、デフリンピックがこれほど多くの人から注目されていると思うと嬉しくもあります。聴覚に障害を持つ選手たちに手話で応援する多くの観客の姿を見て、共生社会の実現は着実に進んでいることが体感できた視察となりました。

   

最後に、とても有意義だった取り組みについて報告させてください。11/28に神奈川県議会の「大学生との意見交換会」が開催されました。選挙の投票権が18歳に引き下げられてから数年が経ちますが、相変わらず若年層の投票率は伸び悩んでいます。特に若者の地方議会に対する認識・理解などが低い現状を改善していくために、今年度から新たに実施している企画で今回が2回目の開催です。前回の参加は関東学院大の生徒さんだけでしたが、今回は我が母校である神奈川大の生徒さんも参加されることとなり、OBとして参加の要請が来ましたので二つ返事で参加しました。当日は学生さん3~4名に対し議員2~3名でグループ分けされ、大学の教員が各グループごとにコーディネーターとして参加するスタイルでディスカッションし、これまで距離があった議会と大学生について、課題や改善策を議論しグループごとに発表するという、我々オジサンにとっては何とも懐かしい方式で行われました。しかしこれが大いに盛り上がりました。今の子たちは自分らの学生時代と違い、政治に対して一定の興味をしっかりと持っています。大学生の生の声はまさに「目から鱗」であり、我々議員はもっと積極的に若者と接点を持たなければいけないと痛感しました。それにしても時間が短かった!もっと話したいことが山のようにありました。次回開催も参加を熱望します!

 

というわけで、年内の投稿はおそらくこれで最後になるかと思います。こんなつまらないブログに今年も一年お付き合いいただいた皆様には、心から御礼申し上げます。ありがとうございました!師走の声を聞きき、本当に寒くなりました。皆様も体調管理に充分気を付けてお過ごしください。

11月 13 11月13日

2025年10月 活動報告

11月に入り、朝夕などはすっかり冷え込むようにました。事務所や自宅で暖房をつけることも珍しくなくなった今日この頃です。私自身、少し風邪気味ではありますが10月の活動報告を始めます。

昨年の10月は決算特別委員会の委員長を命じられ、委員会運営に毎日アップアップ?していたことが思い出されます。それに比べたら今年は余裕をもって活動ができる、と思っていたのですが甘かったようです。自分でもよくわからいのですが、なぜか忙しい…。車で移動中はいつもFMヨコハマを聞いているのですが、金曜日のパーソナリティがしゃべっているのを聞いて「あれ?この人2~3日前に出てなかった?」と思うほど1週間が経つのが早いと感じます。自分なりに分析したところ、近年は秋から冬にかけての企画が様々な理由で中止や延期になっていたのですが、今年は久々にフルスペックで実施するため、忙しく感じていることがわかりました。特に1年半ぶりに開催するゴルフコンペと2年振りに開催するクリスマスパーティーの準備が重なり、事務所スタッフ一同アップアップの状態でした。年間スケジュールは、もっと計画的に立てないといけませんね。(汗)

さて、そんな中でも県議会は淡々と進みます。10/7の常任委員会を経て10/14の本会議で補正予算を採決。地域医療に向けた物価高騰対策を中心とする約49億円の9月補正予算を可決して第3回定例会(上期)は無事終了しました。この補正予算の中には、私が委員長を務める産業労働常任委員会が所管する「米国関税措置や日産自動車生産縮小等に対する支援」も含まれており、しっかりと可決することが出来てホッとしています。

その他公務としては、間もなく開催される「東京2025デフリンピック」の周知イベント「神奈川キャラバン」を県庁にお迎えしたり、自民党県連の教育グループ事務局長として専門学校各種学校協会の主催による「仕事のまなび場報告会」に出席したり、スカウト神奈川振興議員連盟の勉強会・懇親会に出席したりと、得意分野において充実した活動が出来た10月であったと思います。

    

議会がひと段落したのも束の間、秋は地域のイベントが目白押しです。特に10/12は1日になんと7ヵ所の運動会や秋祭りなどが開催され、今思い出してもどこに行って何をしゃべったかよく分からなくなっております…(汗)。ただ、お声がけ頂くのは嬉しい事ですから、とにかく時間の許す限り区内を駆け回るのは我々議員としたら当たり前です。結果、多くの地域の方々とコミュニケーションを取ることが出来ました。これが大切なんです!

   

そんな中で、南区三大祭りの一つである「いきいきふれあい南なんデー」が10/5に開催されました。健康と福祉をテーマにした南区オリジナルのお祭りで、毎年多くの区民や団体が参加しています。健康診断や手話教室・ボッチャ体験等の他に、時節柄ハロウィンをテーマにしたお子様向けのコーナーなど、駆け足で回っても2時間以上かかりました。他にも様々な団体の活動を伝えるパネルコーナーがあり、その中で特に興味を覚えたのが災害避難所における障がい者対応でした。地震・台風などの自然災害が起これば、障害を持った住民も健常者と同じ避難所で過ごすことになります。ただでさえ不安な中、意思を伝えるのが難しかったり、逆に行政からの情報が伝わらなかったり、障害をお持ちの方が避難所内で苦労されるケースは容易に想像できますが、現状の避難所ではそうした配慮はなされていません。避難所内のマップをピクトグラムを使ってわかりやすく掲示したり、行政からの支援物資の情報などを明記した伝言ボードを配置するだけで、障がい者の皆さんの安心感が増すことを学びました。こうした取り組みを普及するため活動しているグループのお方とも初めてお話しすることができ感銘を受けたとともに、今後この取り組みが県内中に広がるお手伝いが出来ればと思っています。

    

また、恒例のボーイスカウト横浜1団の活動を支えるチャリティーイベント「はこぶね寄席」を今年も10/6に開催しました。今年は開催50周年ということで、『笑点』でお馴染みの(古いかな…)林家木久扇さんを始め、地元出身のお笑いコンビ「オキシジェン」など多彩なメンバーがそろい、チケットも例年以上の売れ行きで、育成会副会長としても一安心。毎年様々なご手配をしていただく故桂歌丸師匠お弟子さんの歌太郎さんに、心から感謝です。近年では物価高の影響もあり、キャンプなど日頃の活動に係る経費もばかになりません。会場費や出演費を払った残りの売上をありがたく活動費に充てさせていただきます。年々人数が減少し、南区内のボーイスカウトもこの1団のみとなってしまいました。父・豊彦の時代から続くこのイベントが60年70年と続くようがんばります。70周年は、さすがに後継者に託しますが…(笑)。

    

その他の活動としては、日本少年野球連盟(ボーイズリーグ)のリスト杯開会式や、県立こども医療センターの患者さんの宿泊施設「リラのいえ」のバザーに参加したり、特に週末は忙しく過ごしました。リスト杯では、今回も始球式を担当しました。最近はすっかり『始球式要員』ですが、今回はピッチャー役ではなく初めてバッター役をやらせていただきました。 「リラのいえ」バザーでは、出張用の小物入れを800円で購入。なかなか気に入っています。その際にスマイルオブキッズの松尾理事長のご厚意で、最近施設内に開所したきょうだい児の保育室を見学させていただきました。現状、遠方から県立こども医療センターに治療に来たご家族のきょうだい児を、どこで預かるかが課題になっています。需要はあってもスペースや保育士の数は足りません。また「リラのいえ」の保育は一般の保育園と違い、行政の支援が届きにくい状況です。こうした課題を解決するため、今後も行政と議論していくつもりです。

   

最後に、10/20に開催された渋谷たけし市会議員の横浜市会議長就任祝賀会についてお話します。このブログでも過去に何回か触れたと思いますが、渋谷市議は私が高校1年生の頃に私の父の運転手として政治のキャリアをスタートしました。当時まだ大学生だったと思います。高校生と大学生ですから、当時は『アニキ』のような存在であり、確か最初に関内の街に飲みに連れて行ってくれたのも渋谷さんだったと記憶しています。あ、もちろん二十歳を過ぎてからの話ですが…(汗)。その後、渋谷さんは父の秘書となり、父が政界を退いてからは菅義偉衆議院議員の公設第一秘書として活躍しました。そして現在は横浜市会議員の5期目です。気が付けばそれから50年近い歳月が経過したことになります。そりゃ、お互いジジイになりますね。しかし、当時からの関係性は全く変化なく、今でも仲良くしています。自分が県会議員に出馬する気持ちを固めた要因は渋谷さんの熱い説得(半分は脅迫?だった気もしますが…笑)が大きかったと思いますし、議員になってからもいろいろ助けていただきました。面と向かって言うのは嫌ですが、実は真面目に心から感謝しています。そんな渋谷さんがついに第55代横浜市会議長!菅元総理も「感無量です」とおっしゃっていましたが、自分だって負けないくらい感無量です。デカくて、優しくて、頭が良くて、超テキトーな渋谷さん。本当におめでとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

    

10月は何かといろいろあって、バラエティーに富んだ報告となりました。相も変わらずブログのアップが翌月中旬にまでずれ込んだことを反省しながら、今回の活動報告を終わります。